2014年 02月 01日

【続】銀杏がBEACH出したから記念に何か言っときたーーーい!!!

f0182863_10434029.jpg



【BEACH】

はじめ、ライブ盤を同発で出すって聞いた時は「二枚同時発売」という名目のため?と、邪推しちゃう部分もあった。人気曲をベスト盤的に並べたような、よくあるライブ音源のリリースかーと思ってた。だから購入の際も「光の~」のオマケ的な立ち位置でレジに持ってった。

だけども、やっぱり僕はまだまだ銀杏BOYZをナメてしまっていた。聴いてみて猛省!!!
この「リミックス」という部分を軽く流し見してしまっていた。
生きる=Liveの形容詞であるライブ。これでもかと言わんばかりに生命を燃やす銀杏のステージをパッケージングするアイデアは至極全うだし、その生命をリミックス=違う生命体に編集し直すっていうから、それはそれは一筋縄ではいかないよね、そりゃ。

ビーチとは浜辺。
浜辺とは水際。
水際とは陸地と水面のきわ、あっちとこっちを線引きした時のラインである。

つまりこの作品は、日常生活を送る僕たちが特別な空間「ライブハウス」へ線(ライン)を越えて向かった際の「幸福な時間」をパッケージしている。

これまで沢山のライブ音源を聴いてきた。良いライブ音源・優れたライブ音源の定義とは、現場の熱量や雰囲気をよりリアルに、より忠実にディスクへと焼き付けている物だと思っていた。確かにそれはそれで間違いではないと思う。歓声が入らない作品やミスタッチだらけの作品は燃えないし集中できないでしょう。
でも現場の音をクリアーにエアーキャッチするだけでは汗の匂いや隣の奴のハァハァという息づかいまでは伝わらないし、あの目頭が熱くなって耳がキンキンして喉が枯れた夜の記憶が頭には思い出せても、腹までは落ちてこない。そう、ドキドキハラハラするという域までは辿り着かない。

この、BEACHという作品のどこに度肝を抜かれたかというと「現場感」を再現するという課題はとっくに通過し「現場の((記憶))」を再現しようとチャレンジしている姿勢がひしひしと伝わる点に。これには自分の常識を覆された。転覆しちゃった。

あのグチャグチャだけど人間臭くて隋まで曝け出している会場のヒリヒリした幸福感が蘇る。
良い曲だなぁ~とか歌うまいなぁ~とかではない、体験ではなくもはや((経験))と言えるあの場所。
この作品は完全に僕らの記憶を新鮮に焼き直してくれた。僕たちが引いている日常の「線」を越えてBEACHは記憶を司る海馬まで侵入してきている。

残念ながらすでに脱退してしまっているベースのアビちゃんが中心になってこの作品は作られたそうだ。今後彼が銀杏BOYZのステージに立つ予定は今の所ない。そんな彼が僕たちの記憶に強く影響を与える作品を監修した事実、実に彼ららしいサヨナラのメッセージである。

絶対に忘れはしないけど薄れてはいくだろう。
記憶の濃度を薄めさせないぞと言っているように、この作品はドキドキとハラハラを聴く人に与える。僕達はアビちゃん達にラブラブシールを貼られたのである。(ラブラブシールとは「あいどんわなだい」という曲で歌われる物で峯田作の造語です。これを貼られた人はその貼った人を好きになっちゃうシールってMCで説明してましたw)。
今、今、今ここで!!!愛しておくれと言われてるような気がして泣けてきた。

「はじまり」という3分30秒ほどのトラックからスタートする今作。BEACHというタイトルにふさわしい波の満ち引きのような美しいノイズは銀杏BOYZの第一期が僕達に押し寄せてきて、まさに今引いていくかのよう。お分かりのように次の波は必ずくるし終わる事のない恋の歌は峯田がこれからも永遠に歌い続ける。
ノイズのあとに訪れるオーディエンスの熱い歓声こそが、その動かぬ証拠であると思う。

その歓声のあとは「十七歳」の怒号につぐ怒号、まさにケイオス。このケイオスに紛れてレコードのバックスピンのようなノイズが入る。僕はこのキュルルルルルって鳴るノイズを聴いて、はじめて銀杏BOYZを見た渋谷のクアトロまで記憶も逆再生されてる感覚になった。走馬灯ってやつのバックスピンみたいだった。スタジオコーストの銀杏、チッタの銀杏、ゼップの銀杏。。。僕が知っている数少ない色んな銀杏BOYZがパパパパーっと映し出された。

その直後に「トキメキたいったらありゃしねーーー」(SKOOL KILL)なんて歌われたら、そりゃもう手汗ダラダラ、これが全てなんだって思わされる。これを聴くのが苦痛だと言う人がいても何ら不思議じゃないと思う。それはそれで全くかまわないけど、それが故に後半に待つ「べろちゅー」の半透明にマスキングされた霧のかかったような綺麗な景色や「人間」のハァハァハァという、まさにそこで命を燃やしているかのような息づかい、を再生させないなんて勿体なさすぎる!!!

「漂流教室」という超名曲にも再注目したい。ここには(今まで出会えたすべての人々にもう一度いつか会えたらどんなに素敵なことだろう。)とある。BEACHの流れで聴くと、全てのファンに向けてるようにも聴こえるし全てのファンから銀杏BOYZの四人に向けてるようにも聴こえてくる。ロマンチックが過ぎているねw
さらに今作の白眉「東京終曲」の早朝の静かな湖面を見ているかのようなドラマティックなアレンジを聴かないなんて、、、聴く機会をゲットした人はなんとか最後まで聴いてジャッジして欲しいなーほんと。

そんな綺麗な世界を経過し、ラスト一曲は「まだ見ぬ明日に」。まさにこれからの銀杏BOYZやこれからの僕らを案じるかのような流れに脱帽!完璧!凄まじい!!!
しかもこの曲、本当に恐ろしいですよ、恐ろしい。はじめの2分ほどは何とも居心地の悪~い、とてもバランスの悪~いノイズに乗せて歌う。これは「不安」や「心配」「イライラ」なんかのネガティブ要素に聴こえる。そこから峯田の咆哮を境につんのめったバンドサウンドに転調します。まるで分厚い暗雲を一点突破したかのよう。
彼らの現状とリンクさせるのは乱暴でしょうか?今のタイミングでこのメンバーが出す最も誠意のある答えだと思えて仕方がない。


まだ見ぬ明日に。
まだ見ぬ明日に。
まだ見ぬ明日に。
何があるのか僕は知らない
失いかけてた希望の光が「それでも来い」と僕を呼んでいる。





一通り自分なりに解釈してみたので、これからいろんな動画やインタビュー、MVなんかを観てもっと銀杏BOYZを好きになろうと思います。

誤字脱字、誤った解釈、乱暴なこじつけ、にわかのくせにウザい長文、諸々スンマセン!!!!!!












youngas sogawa
[PR]

by youngas | 2014-02-01 11:23


<< dust punks      銀杏BOYZが新譜出したから記... >>